サンスクリット入門 後回し篇

[あらすじ] サンスクリットを独習し始めて4ヶ月はずっと

何が何やらわからないままだった。

わからないなりに続けている中で、サンスクリットの特徴が

次第に見えてきた。

そして遂に他言語の学習らしいことができるようになった頃に、

初級講座に隔週で通うようになった。

うすうす勘付いていたサンスクリットの特徴について、

先生は解説してくれる。

ああやっぱり・・・と思うことの連続だ。

以下、教科書の最初に書いておいてほしいが、なぜかはっきりと書いていない

初心者にとって思いがけないポイントをいくつかあげる。

サンスクリットは、文の中の語順はあんまり気にしない。

ひえええ。

なるほど、英語の構文やドイツ語の枠構造のような解説が教科書に無かったわけだ。

それにしたって、「語順はあんまり気にしてないよ」っていう解説を

最初に書いておいてくれなきゃ、わからんよ。

日本語だって、大体主語は述語の前だとか、修飾語は修飾される語の前とか、

一応のルールはある。

しかし、サンスクリットはもっと気にしない。

果物 新鮮な 食べる わたし

なんてな調子でへいちゃらなのである。

古代インド人ったら。

言いたいことは言いたい順に言えばいいのである。

★動詞の無い、名詞文というものがある。

三界にある 灯り ダルマ

ひえええ。

日本語でこんなことを言ったらカタコトだが、

サンスクリットではアリなのだ。

主格を並べたら、並んだ語は同等だということになる。

灯り=ダルマかつダルマ=灯りなのである。

日本語人としては、ダルマが灯りなのか、灯りがダルマなのか気になるところだが、

古代インド人にとって、同等なものは同等であって、語順はあまり問題にならない。

それよりも、前後の文との韻律の関係のほうが大事だったりする。

だから、動詞の勉強はあとまわしで良かったのだ。

★よく使う音はしょっちゅう出てくるが、あんまり使わない音はほとんど出てこない。

ひえええ。

だから、文字を最初にひととおり憶える必要も、無い。

デーヴァナーガリーは、似たような形の字が多かったり、

子音同士を組み合わせて別の文字で書くこともある。

そういったものは、出てきたらその都度憶えればいい。

★サンディの法則も、しょっちゅう出てくるものと、ほとんど見かけないものがある。

ひえええ。

だから、サンディは出てきたときに調べて、ひとつひとつ憶えていけば良い。

先生曰く、「まあ、よほど文法が好きだって人は最初に全部を勉強してもいいですけど」

・・・

あーあ。それ、やっちゃいました。

憶えるところまではやらなかったけど。

まあ、一回(いや、復習したので二回か)さらってあったから、

サンディが出てきたらサンディだと気付くことができるし、

どういう組み合わせだとサンディが起きて、どんな時は起きないか、ということも

おおよそのことが頭に入っているので、楽ではある。

暗中模索の4ヶ月は、無駄ではなかった。

だが、「最初に言ってくれよ〜」と思うことは多々有った。

講座の場で先生に教わる、というのは、

そういう無駄足が省けるということだ、と今つくづく感じている。