「あの町この町 日が暮れる〜〜」

 「あの町 この町

日が暮れる 日が暮れる

今きたこの道

かえりゃんせ かえりゃんせ〜〜」

「お家(うち)がだんだん

遠くなる 遠くなる

今きたこの道

かえりゃんせ かえりゃんせ〜〜」

「お空に夕(ゆうべ)の

星が出る 星が出る

今きたこの道

かえりゃんせ かえりゃんせ〜〜」

 連休の中日、お変わりありませんか?いつもご贔屓ありがとうございます。いつも皆様の記事を楽しく拝見させていただいて、「すごいなぁ!立派だなぁ!うらやましいなぁ!」と感嘆しながら、お礼の気持ちもかねて(ROMでは申し訳ない気持ちもあって)駄文を重ねています。でも、書かせていただく内容が、どうも「ピンぼけ」で、皆様の「お目汚し」になってしまっているのじゃないかといつも感じています。

 僕は今年喜寿を迎えた、昔の表現でいえば「棺桶に片足を突っ込んだ」人間ですが、そんな側から見れば、世の中がずいぶん「ゆがんだ形」に見えます。本当に日本は良い方向に進んでいるのだろうか?疑問を感じます。新聞記事やテレビ番組でも納得がいかないことが多すぎます。そうして、いつも頭の中が「お家がだんだん遠くなる〜〜 今来たこの道帰りゃんせ〜〜」という気分になって、ゴチャギチャ書いているわけです。昨日の「円高でも最高益」などその典型で、円高でも日本企業がどんどん最高益を出しているというのに、なぜ日本の景気が回復しないのか?その謎ときに僕なりに弱い頭で考えて渾身の力を込めて書かせていただきました。でも、そんな記事より「は〜〜るばる来たぜ 橋立」のほうが数多くの皆さんの閲覧をいただける。

 ひと昔前に植木等さんが仰ったギャグではありませんが、「お呼びでない!こりゃまた失礼いたしました!」的な気分で、書き続けるのが恥ずかしいというか、図々しいというような気分で、例の内館牧子さんの「終わった人」という小説に書かれた、「世間からは定年を迎えて、もう役目が終わった高齢者である『年寄りの戯言』であることを自覚しなければいけないのか」という気もします。年を食ってくると、いくらか悪知恵も働き、株や投資信託に手を出し、不景気の中でも小銭を稼がせていただいています。そのために多くの失敗と少ない成功を繰り返していますが、結論的に言って「金融のプロはいない」ということです。そんなに専門家の言うとおりに世の中がなるのなら「不景気」など起きないし、アベノミクスも必要ありません。せっせと自分で銀行や証券会社を回って情報をかぎまわり、これっていうものを見つけて買い付ける。絶対相手のおすすめ商品を買ってはいけません。それは「金融機関が儲かる商品」がほとんどです。

 でも。友人や兄弟から「どんなものを買えばよいか?」と聞かれたら、絶対に教えません。僕だっていっぱい失敗しながら、プロ野球と同じように勝ったり負けたりしながら、トータルとして勝率で勝っているだけで、買えば必ず当たるというような美味し話はありません。その上でいえば、証券マンや銀行マンの目は「鳥瞰」の目であり、写真の目になっています。地上では熱いバトルが繰り広げられ、幾重にも重なった原因と結果が交錯しながら動いているのに、単純にその瞬間を切り取って評価し、行動しようとします。もっと「地に足をつけて見てほしい」と思います。物差しが「鳥の目」になってしまって、「獣の目」ではないのです。あくまで「経済行為は人間が地上で行っている。そこには人々の感情や生活が絡んでいて、理屈通りには動かないということがしばしば無視されています。

 そんな僕の価値観を押し売りするものではありませんが、だんだん「お空に夕べの星が出る〜〜 今来たこの道 かえりゃんせ〜〜」の気分に近づいています。最近亡くなられた方の多くが僕の年齢の前後が多くなり、同窓会でも3人に一人は連れ合いをなくされていて、僕もいつまでも生きられない。そろそろ店じまいを考えなければと考えるようになりました。でも、そこにも金融機関が待ち構えていて「遺言信託」とか、「相続手続き代行」名目でビジネスをしている人たちがいて、年寄りを振り回します。くわばらくわばら!