深夜の日記

現在、AM2時前。

夜中と言うには遅過ぎで早朝にはまだまだ時間がある。

年末からの入院以降、日々の日記もままならず。

その後、ネットがおかしくなったと思いきやプロバイダーの方で何か設定変更や案内があったようだが充分にその意味と内容を咀嚼せずに現在午前2時前。

身体障碍者一級で週に3度の透析に通うことは義務ではなく、極端に言うと“命に関わる問題”なのにパソコンが起動後に作動しない(全て自己責任)で放置して今に至り、本日関係のないSEが来たついでにネット関連、新しく購入したWi-Fiルーターの設定が出来ていなかったようで復帰に余りにも時間が掛かり過ぎ。

その間の事情を書くと長くなるがメインテナンスが入ったようでそれを知らずに何も手を下すに入院し、退院したはいいものの復旧まで手間取り過ぎは否めない。

この深夜から早朝の時間に何をしようと言うアテは無論なく、かと言って眠りに落ちずに深夜のコンビニでおかず程度の夜食と言う名の前日からの2食目を終え、何となく落ち着いた。

自力で復旧できるとタカを括っている間にネット不通から遮断に至って本日、深更に至って漸くの日記。

時間が深夜に及んだ上に通院する透析が午後からなのを好いことにアレもコレも、それもドレも全て元に戻せずパソコンは飾り物状態で電源は入るものの用を為さず、かと言ってパソコンを処分する勇気など毛頭なく、知合いに頼んで復旧してもらった。

その結果、判明したのはWi-Fi接続が出来ていないで独りですったもんだ、挙句は人を呼んで無料で直してもらって復旧。

実に何ヶ月ぶりかのPCでの作業。

書きたいこと、書きたかったこと、覚書程度に残しておきたかったことまで用を為さずその間に毎日電源だけ入れてもパソコンで通電することを確認することしかできず、PCが復活して作業できるようになったのに何もせず放置した。

パソコンに関しての自分の知識はシエルで培ったものを含め全て役立たず。

昨年末から入院⇒退院の間で壊れたのは自分の脳ミソと今までの経験値が全く役立たずに終わったこと。

自分ではもう少しはマトモなことが出来るつもりだったのに入院⇒入院生活⇒1ヶ月の入院でかなり壊れた、ある意味は必要は知識の忘却である。

深夜の2時を回って何もする必要はないんだが今日にいたるまでの経緯と退院後に日常に戻れないことにかなり慌てた。

かと言って、こういう事態を想定してHow toとか対処法を記したり、記録する必要を感じないままナース相手に遊んでいたような入院生活で日常が何だったのか、どうする必要があったのか今は記憶にあるがその経験値がいつ役に立つのか不明。

分かっているのは入院中と言うより、入院して直ぐに腹膜駅縁の発症(これも自分の責任)にも拘らず、パソコンの使い方は無条件に覚えていたようだがそれは入力のみで問題とその対処法を以前に聞いたような気もするが、いつ役に立つか分からないまま入院して出てきたら“私は誰状態”で埒が明かん。

結局、自力で何も出来ず復旧は勿論で記憶にあるのがPCの電源のOFFとONのみ。

気がついてスマホの時計を見たら暮れに入院したのに今は花見の時機到来と。

この間、何をしていたのか?

無為無策ではなかったつもりが結果的に何も出来なかった。

自分のスキルの乏しさを実感し、ハウツーまで作りかけたがいつ使うか分からないことを記すことさえ思い至らず…

かなりの時間を無駄にし、その間PCの電源の入れ方は忘れなかったがその先に自分がするべきことを9割以上失念。

失念とはうまい表現だが今にして思えば、結果数ヶ月の間の記憶がないに等しい。

折しも、一親等の身内が壊れて入院直前と言う情報もある。

病院に行こうと診察に立ち会おうと第三者に出来ることは極言すれば何もない。

こちらに何もないのではなく、諸々あった全てが今や忘却の彼方。

親父とは30年以上の歳の差があるがその30年以上の年数を要約しても、漸くの思い出も自分が何をしたのか?何をできなかったのか?思い出せない。

敢えて言えば、幼児よりかなり自分の記憶力には自信がある人間だった。

他人は覚えていないようなことも年月日まで記憶にあったがそれは忘れていない。

記憶から欠如したのは自分に都合の悪い不都合な真実のみ。

何が不都合だったかを覚えていればそうはならぬ。

ほぼ日々の行動までは至らないが幼稚園時代から50年近くの記憶力には人一倍の自信があったんだが…

今やかなり怪しい。

結果として予想できるのは数十年後の自分は“私は誰?ここはどこ?”となっていそう。

言い訳ではなく、換言すれば自分の実感の時間の流れと現実との間に齟齬があったか、何かが抜け落ちたか…

普通に考えるとあと30年ぐらいは生きている筈。

然し、自分が誰か?何を経験してきたのかを記憶に無いのは記憶していないのと一緒だ。

日記のようなものを欠かさずつけていた時期もあった。

止めたのは面倒だからとかではなく、必要ないと思ったし2回も離婚して記録と記憶を最大限遺しても自分以外には何の関係もない。

それどころか、一親等の肉親が近くにいるのにその所番地も電話番号さえ覚えていない、のではなく覚える必要がないとハナから放棄してしまった。

先日は恥ずかしい話だが自分の年齢を記す欄に2歳も違いがあった。

満52歳の自分が54歳と記した理由を自分が合点できない所かその齟齬が理解できない

自分には一親等の身内、つまり血を分けた娘・息子が4人もいるのに今では彼らの誕生日さえどこにも記していないから“多分…”と言う前置きになる。

娘は既に自分が結婚した時の年齢を越えている。

その下の娘と息子2人に至っては生年月日も満年齢も怪しい。

そんな自分には娘・息子が計4人いるのに彼ら・彼女らの生年月日と満年齢が実にあやふや…

親失格だし、彼らは親と思っていないだろう。

大体、最後に何年前に会ったのか分かれたのか記憶が…

然し、確かなのは明日もやること=透析通院があって終わりは誰も知らない。

自分はこの先、いつまで記憶を辿れなくとも朧に覚えているのか今ではスッカリ自信喪失。

確かなのか明日は透析日。

親が死んでも子どもに何があっても次の透析日を忘れようになったら通院を忘れる前に病院から電話があるだろうと言うこと。

その上、生活上発生する日々の生活に関わるお金のことさえ段々記憶が…

然し、忘却できるのは一種の幸せの証にも思える。

今日の日記は誰が読むことなく、自分の記憶ではなく記録として記しておく。

予定が組めないのは肉親と自分自身の果てる時。

後20年ぐらいは死なないと思う。

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